人口減少や過疎化が進む中、豊かな自然環境や地域の魅力をアピールし、全国から生徒を募集する「地域みらい留学」の取り組みが東北地域でも広がっている。6月下旬に東京都であった進学説明会には、東北から32校の公立高校が出展。ユニークな探究活動や進学実績などをアピールした。
岩手県内からは、東北6県で最も多い12校が参加した。
「学生寮には温泉があります」「本州有数の豪雪地帯です」
西和賀高校(岩手県西和賀町)のブースには町教育長のほか、町職員や在校生、校長らも駆けつけた。おそろいの水色のはっぴ姿。生徒の習熟度に合わせた少人数授業、地域を巻き込んだ探究活動、温泉完備の3食付き学生寮、無料の公営塾など、学校と町、地域がスクラムを組んで支える「留学」環境の素晴らしさをアピールした。
男女別の寮を備える同校。柿崎肇教育長は「西和賀といっても知っている人はほとんどいない。興味を持ってもらうことが最初の一歩。その点、温泉は売りになる。一度見てほしい。首都圏からの進学も増えています」と訴える。
地域みらい留学を推し進めてきた一般財団法人「地域・教育魅力化プラットフォーム」(松江市)が主催した。高校進学フェスには参加したのは北海道から鹿児島県まで全国135校。都道府県境を越えて「留学」する生徒は、2019年入学の211人から今年は約950人まで増えた。
沼宮内高校(岩手県岩手町)は今春、町が費用を負担した学生寮が完成した。県外から入学した生徒も過去最多の4人。今回は寮生活の様子などを映した動画を制作し、会場で流した。
ホッケー部は五輪選手も輩出する全国有数の強豪。ホッケー以外の留学も増えている。先頭に立って勧誘していた佐藤卓教育長は「言葉の説明より映像の方が生活の様子が伝わると思って動画をつくった。自然豊かな岩手町だが、交通の便がよく盛岡も近い」とPRした。
生徒2人を含む4人態勢で進学フェスに臨んだ大迫高校(岩手県花巻市)。全校生徒51人のうち県外生は9人。学生寮として借り上げた学校から徒歩3分のホテル客室で生活する。住居費、食費、光熱費を合わせた生活費は町が半額負担し、生徒の負担は4万円だ。
ブドウが特産の大迫地区。地域の活性化をめざし、生徒は栽培実習に取り組み、祭りやイベントにも積極的に関わる。坂牛祐司副校長は「少人数なので自分のペースで生活できる。寮も個室。伝統の早池峰神楽を舞う神楽部はおすすめの部活」と話した。
中学2年の娘と説明を聴きに訪れた東京都杉並区の女性は「高校進学で親元を離れてしまうのは寂しいが、在校生のリアルな生活の様子を聞けて参考になった。寮のセキュリティーや食事する場所、スーパーが近所にあるかなどが親としては気になる」と話した。
青森県からは鰺ケ沢、三戸、柏木農業、名久井農業、大間の5校が参加。三戸高(三戸町)は教員や学校コーディネーターら4人で東京に乗り込んだ。ブースは町のシンボルになっている絵本「11ぴきのねこ」のイラストや生徒がつくった町のPRポスターで飾られた。
三戸高が県外募集を始めて3年目に入った。現在、7人の「留学生」が町内にホームステイしながら生活している。
生活サポートや手書き新聞で、学校や地域の魅力を発信する学校コーディネーターの村田修子さんは「三戸は魅力いっぱいの町。おいしいものに囲まれている。クリエーターの指導を受けながら、生徒たちが作り上げる町の人にフォーカスしたポスターは町の魅力を再発見できる」と話した。
秋田県からは男鹿海洋、矢島、角館の3校が参加。海洋科と食品科学科を持つ男鹿海洋高は「留学生」も駆けつけ、ブースで中学生の相談に応じた。同高は洋上風力発電の総合訓練センター「風と海の学校 あきた」と連携した教育プログラムも売りのひとつ。港湾潜水士の育成などにも力を入れる。
東京から進学した海洋科3年の田辺虎太郎さんは「船に乗りたくて男鹿を選んだ。東京に比べたら交通の便も悪いが、みんな親切で生活に困らない。卒業後は岩手の学校に進学するつもり」と話した。
角館高(仙北市)と矢島高(由利本荘市)は来春から県外募集を始める予定だ。角館高の目標は3人。住居はホームステイとシェアハウスの利用を検討する。
仙北市まちづくり課の泉谷衆課長は「生徒数は400人を超えるが、定員割れしている。市としても県外募集をバックアップしていく」と話す。
山形県からは村山産業、長井工業、新庄南高校金山校、高畠、小国、遊佐の6校が参加した。
小国高がある小国町は人口約7千人。全国有数の豪雪地帯で「陸の孤島」とも呼ばれる。同校の全校生徒63人のうち県外生は15人。全体の2割以上を占める。23年度には新しい学生寮「桜寮」が完成し、今春には4人の県外生が初めて同校を巣立った。
小国高のブースにはツキノワグマの毛皮も。小国町高校魅力化推進室の渡部由美室長は「小国は9割以上が森林。白いブナを中心とした落葉広葉樹に囲まれた本当に美しいところ。マタギ文化も残り、自然とともに生きてきた。町全体で小国高を支えている」と魅力を語った。
福島県からは川俣、只見、猪苗代、川口の4校が参加した。川俣高(川俣町)は全校生徒56人。今春、初めて県外募集し、2人が県外から入学した。個室を備えた学生寮を整備し、町職員や生活サポーター、栄養士らによる相談態勢を整えた。
加藤香洋(かよう)校長は「はじめたばかりなので、スキルがなくまだ手探り。少人数の強みを生かし、生徒の個性や能力を大切にしています」と話した。
宮城県からは中新田、南三陸の2校が参加した。20人の県外生を受け入れる南三陸高(南三陸町)は23年入試から県外募集を始めた。町が整備した「旭桜寮」はユニットバス付きの個室。テレビ、冷蔵庫、電子レンジなども備えている。
南三陸高は町と連携しながら、町内の2中学校と共に「地域連携型中高一貫教育」を実践。無料で利用できる公営塾で受験対策にも取り組めるという。小野圭一教諭は「海も山もあるが、仙台までのアクセスもいい。地元住民と交流しながら進める地域探究も魅力のひとつ」と話した。
5日には岩手県教委が初めて主催した「いわて留学」のオンライン説明会が開かれた。県教委は「岩手県の高校オープンスクールを巡る旅に出てみませんか」と呼びかけ、14校が個別相談などに応じていた。
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豊かな自然や地域の特色をアピールして、全国から生徒を募る「地域みらい留学」を広め、浸透に貢献してきたのが一般財団法人「地域・教育魅了化プラットフォーム」(松江市)だ。現場を間近で見てきた岩本悠・代表理事(45)に、成功している学校のやり方などについて聞いた。
うまくいっている学校にはいくつか共通点がある。地域みらい留学は高校と地元市町村の共同作業で、両者がちぐはぐだと難しい。初めて進学フェスに参加する高校は大抵、うまくいかない。
県内と県外の生徒募集は、やり方や考え方が全然違う。なぜ自分たちのブースには人が来なくて、他の高校にはたくさん人が来ているのか。他の学校を見て探究し、どうしたらいいか考え抜く。そうやって改善していく学校はうまくいく。進学フェスに参加しただけでは生徒は来ない。スタートラインに立ったというだけだ。
うまくいっている岩手県の西和賀高校は、立地もよくないし、校舎も大したことはない。地域みらい留学に関しては、立地や校舎、交通の便はあまり関係ない。地域の情熱の方がよっぽど大切だと思う。
県外留学に意味があるのかと反対する声もあるが、外から生徒が来ることで学校が存続できるという地域もある。地元の生徒に意欲や刺激を与えたりもする。
地域みらい留学に参加する学校に通う生徒は、他の高校に行けなかったなど、学校に対する肯定感が必ずしも高くない場合が多い。でも多くの選択肢があったのに、遠くからこの高校に来たという子に出会い、外の目を通して、生まれた場所に対しての肯定感とか、価値の再発見とかが引き起こされる。それによって地元の子の主体性や探究心が伸びていく。
中長期的に見たら、学校が変わって進学率が上がったり、地元からの入学者が増えたり。留学生が卒業後にも地域に関わり続け、将来的に移住することもある。
地元住民や教員から、地元の子も入らない高校になぜ外から進学するのか、全国から選ばれるのかという声がよく上がる。近いところほど、先入観や偏差値の序列みたいな、「昭和の物差し」で高校を見てしまう。だが、県外の人にはどの高校や町が「上」とか「下」とか、わかりにくい。真っ白な目で、何か面白そうだと選択する。受け入れる側も、自分たちの価値に気付くようになる。
どの高校もカリキュラム上は95%同じ。特色あるカリキュラムなんて、せいぜい5%ぐらい。差がつき、色が出るのは高校の教育課程でなく、地域の色だ。地域の色がうまく出ているカリキュラムに人が集まったりする。突き詰めていくと、地域色や、地域の魅力が何なのかというところにいきつくと思う。